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脱炭素狂騒曲 その48 PM2.5
産業革命以降、ロンドンでは、家庭や工場での石炭の大量消費により、煤煙(すす)や二酸化硫黄(SO2)等の有害物質が大量に排出されました。強い高気圧がロンドンを覆い、晴れた夜間に地面からの熱が放射され(放射冷却)、冷たい空気の層(逆転層)が地表付近に形成され、汚染物質を含んだ空気がその層に閉じ込められました。自然の濃霧(水滴)と、石炭燃焼で出たSO2や窒素酸化物(NOx)が霧の中で化学反応を起こし、硫酸塩などの有害な粒子を形成しました。1952年12月5日、これらの条件がピークに達し、9日までの5日間で約4,000人が死亡しました。その後数週間で1,2000人が死亡しました。人々は気管支肺炎、心臓病などの疾患で、特に子供や高齢者で慢性疾患を持つ人が多数亡くなりました。史上最悪の公害事件で、現代の公害・環境運動に大きな影響を与え、大気汚染の対策の必要性を世界に認識するきっかけとなりました。1956年に大気清浄法が施行され、石炭の使用規制などが進み、致命的なスモッグは過去のものとなりました。1940年代に発生したロサンゼルスの大気汚染は自動車の排ガスが原因です。排ガス(窒素酸化物、炭化水素)などが、太陽光(紫外線)を受けて光化学反応を起こし、オゾン(光化学オキシダント)などを生成したためです。白色で目や呼吸器への刺激、植物への被害(葉の黄変)などが顕著でした。産業革命期の「黒いスモッグ」(ロンドンスモッグ)とは異なり、「白色スモッグ」と呼ばれ、自動車時代特有の大気汚染として世界に衝撃を与えました。この事件と研究により、「光化学スモッグ」という現象が認識され「光化学オキシダント」や「窒素酸化物「NOx」などが規制対象となり、1955年にアメリカ大気汚染防止法が制定されました。同じような公害は日本でも起こっています。四日市ぜんそくの原因は。四日市市の石油コンビナートから排出された「硫黄酸化物(亜硫酸ガス)」による深刻な大気汚染です。高度経済成長期の1960年代に発生し、工場から出る煙に含まれる有害物質が、住民のせき、たん、ぜんそく、慢性気管支炎などの呼吸器疾患を多発させ、四大公害病の一つとなりました。1967年には患者が企業を相手に提訴、1972年の裁判で企業の共同不法行為が認められ、原告側が全面勝訴、最終的に2,200人以上が公害病と認定されました。スギ花粉の大きさは30μm、黄砂の大きさは4μm、PM2.5の大きさは2.5μm以下の物質を指します。PM2.5は非常に小さいため(髪の毛の1/30程度、マイクロは100万分の1m)、肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響が心配されています。しかし、従来から環境基準を定めて対策を進めてきた浮遊粒子状物質(SPM;10μm以下の粒子)よりもさらに小さな物質です。要するにちりぢりになったほこりみたいなものです。しかし、東大グループはPM2.5による心身の健康被害で生まれる経済的負担が日本では年間約17兆円と試算しました。肺がんや慢性閉塞性肺疾患、脳卒中、虚血性心疾患のリスク増大にもつながると、指摘しています。しかし、がんの要因では、30%が肥満、30%が喫煙、その他、生活様式、職業要因、家族歴、ウイルスなどが続き、食品添加物、残留農薬に至っては、1%の影響もありません。PM2.5ががんの要因になるなどは論外です。これはハーバード大学の研究グループが既に発表しています。その証拠に「ロンドンスモッグ」も「ロサンゼルススモッグ」も「四日市ぜんそく」も、名前に書いてあるとおり、その周囲の近くの都市では、健康被害は皆無です。大気は大体N2(窒素):O2が4:1でおよそ99%を占めています。SPMやPM2.5の分子量は大気の分子量よりもはるかに大きく、通常は地上に落ち、偏西風で海上に流されて行きます。心身の健康被害などあるはずがありません。
2025.12.24. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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