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邂逅 その3 ツツガムシ病
ヒトの体表面にできる発疹で代表的なのは、風疹、麻疹、蕁麻疹などですが、これらは内科医でもなんとか見分けがつきます。というより、一度見ればそれ以降見誤ることはありません。難しいのは第2期梅毒のバラ疹、ツツガムシ病の発疹などです。梅毒は2010年が155人だったのに対し、このころから急速に年々上昇し、2024年は3760人で過去最高になりました。一見風疹や麻疹とみわけがつきません。ツツガムシ病はorientia
tsutsugamusiを起因菌とするリケッチャ病でダニの一種ツツガムシによって媒介されます。患者は、汚染地域の草むらなどで、有毒ダニの幼虫に吸着されて感染します。発生はダニの幼虫の活動時期と密接に関係するため、季節によって消長がみられます。かつては山形県、秋田県、新潟県などで夏季に河川敷で感染する風土病(古典型)でしたが、戦後新型ツツガムシ病の出現により北海道、沖縄など一部の地域を除いて全国で発生がみられるようになりました。ツツガムシは一世代に一度だけ、卵から孵化した後の幼虫期に哺乳動物に吸着し、組織液を吸います。その後は土壌中で昆虫の卵などを摂食して生活します。日本でリケッチャを媒介するのは、アカツツガムシ、タテツツガムシ、フトゲツツガムシの3種でそれぞれのダニの0.1%〜3%が菌を持つ有毒ダニです。ヒトはこの有毒ダニに吸着されると感染します。吸着時間は1〜2日で、ダニから動物への菌の移行にはおよそ6時間以上が必要です。菌はダニからダニへ経卵感染によって受け継がれ、菌を持たないダニ(無毒ダニ)が感染動物に吸着しても菌を獲得できず、有毒ダニになりません。新型ツツガムシ病を媒介するタテツツガムシ、フトゲツツガムシは秋〜初冬に孵化するので、この時期に関東〜九州地方を中心に多くの発生がみられます。また、フトゲツツガムシは寒冷な気候に抵抗性があるので、その一部が越冬し、融雪とともに活動を再開するため東北・北陸地方では初夏にも発生がみられます。古典型ツツガムシ病(風土病)の原因となったアカツツガムシは現在消滅したと考えられ、夏季にもともとあった発生ピークは見られなくなりました。わが国では1950年に伝染病予防法によるツツガムシ病の届け出が始まり、1999年4月からは感染症法により4類感染症全数把握疾患として届け出が継続されています。感染症法施行後の患者数をみると、1999年に588人、2000年に754人と、大体この範囲で推移しています。見ただけで診断がつきますので、実際の患者数はこの数倍いると考えられます。毎年数人の死亡例も報告され、命を脅かす疾患であることがうかがえます。潜伏期は5〜14日で、典型的な症例では39℃以上の高熱を伴って発症し、皮膚には特徴的な刺し口がみられ、その後数日で体幹部を中心に発疹がみられるようになります。発熱、刺し口、発疹は主要3徴候と呼ばれ、およそ90%以上の患者にみられます。刺し口は小さくてわからないこともあります。確定診断は間接蛍光抗体法、免疫ペルオキシダーゼ法による血清診断で行われています。診断用抗原にはKato、Karp、Gilliamの標準型がありますが、交差反応性があり、判定には急性期のIgM抗体あるいはペア血清(抗体価が4倍以上上昇した時を陽性とする)などを用います。しかし、確定診断に至るまで、かなりの時間を要し、その間に患者は亡くなってしまいます。大都会のビルの谷間の病院で亡くなる人が多いのはそのためです。私が九州大学大学院胸部疾患研究施設で研究していたころ、週に1度、壱岐の島の診療所にアルバイトに行っていました。壱岐の島ではツツガムシ病はとてもありふれた病気です。検査施設が整ってなく、40℃の発熱、全身の発疹、下肢の刺し口があれば、ツツガムシ病と診断して差し支えありません。特効薬はテトラサイクリンの点滴で、患者は1時間後には歩いて帰っていきます。
2025.12.7. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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