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邂逅 その4一寸先(3)
それから数年して、ゴルフなどを再開しましたが、まだ体が本調子ではありませんでした。ゴルフ場で最初のティーショットを放った途端、腰に激痛が走り、立てなくなりました。ただの坐骨神経痛と思ってマッサージや針治療、電気治療などを行っていましたが、なかなか痛みが引きません。2か月後ほどして、腰椎のX線撮影をしてみると第5腰椎が完全に潰れていました。これでは痛みが引くはずがありません。近くの整形の先生に相談したら、今さらどうしようもない。安静にするしかないといわれました。この痛みも1年ほど続きました。最近では一人でスキーに車で行っています。長野、白馬は遠いので、行くのは決まって湯沢近辺のスキー場です。ここ数年雪が多いのでバックカントリーをしています。ある時立木にぶつかり。180cmのスキー板が真下に突き刺さりました。経験から脱出する方法は知っていたつもりですが、何せ5mも積もっているので、身動きが取れません。板をはずし、樹にロープとストックを縛り付け、2時間かけてようやく脱出しました。大体地形は把握しているので、深さ10mの沢に落ちることはありません。ただ、最近、マナーの悪い中国人が増えてきて、団体で沢の周りで昼の弁当を食べたりしています。よけて滑らなくてはならないので、危なくてしようがありません。ガーラ湯沢の下の道路は狭く、ヘアピンカーブでなおかつ急こう配です。道の両脇には4m以上の雪が積もっていました。私は、体力も落ちてきて午前中しか滑りません。昼、かぐらスキー場から帰る途中、アイスバーンになったカーブの上を車がスリップしました。ガーラ湯沢の空調設備を支える液化天然ガスの大きなタンクが2つ並んでいますが、ちょうどうまく、その間にスリップして突っ込み車ごと埋もれてしまいました。目の前が真っ暗になり、もう死を覚悟しました、しかし、気が付くと、エンジンはかかっているし、そのまま恐る恐るバックしました。昼時でもあり、その間数十数秒、車の往来はなく幸いでした。道路に出て前後に車が来ていないのを確認して、帰りました。それからしばらくは、湯沢のスキー場は新幹線で行くようになりました。タクシーの運転手に聞くと、ここで何人も事故で亡くなっているという事でした。スキーをしていて転倒することなどほとんどありませんが、3年ほど前、4月に春スキーをしていて、今日が最後という日に最後のコブで転倒し、左股関節外側を激しくぶつけ、まったく歩けなくなりした。知り合いのスキーの指導員に肩車してもらい駐車場まで送ってもらいました。帰ってから、医師会館でMRIを取ってもらいました。左股関節;関節唇の損傷、滑液包の貯留、血種もありました、要は股関節の外傷性炎症です。安静にしておくしかないのですが、痛みは持続し、まったく歩けません。クリニックまでは自宅から自転車で1分ですが、自転車にも乗れません。1年間は妻に車で送り迎えをしてもらいました。妻は、手術は絶対反対で、これ以上経済的困窮は避けたいと思ってのことです。ただ、まったく歩けず、仕事以外ただただは安静にしていました。大腸内視鏡も椅子に座ってするようになりました。Utubeやネットで変形性股関節症のことを調べました。どれも歩くのがよくない、と言っています。いつになったら歩けるようになるのか心配になってきました。半年たっても1年たっても治る気配がありません。痛みは持続したままです。時間があれば家でポールを使ってストレッチなどをしていました。そのころ、同じスキー仲間からPRP注射のことを聞きました。自分の血液から採った血漿を関節に入れるのです。港区にクリニックがあり、そこでしてもらいました、股関節が曲がらなかったのが、すこし曲がるようになりました。その後、そこで脂肪細胞による幹細胞移植のことを聞きました。1年で3回ほどしました。3年になりますが、今では日常生活に支障なく生活できています。歩くと少し痛いのと、ふとした時にバランスを崩し、よろめいたりします。
2025.12.14. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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